余計な苦労をかってでる

好きなことやそうでないことを無茶苦茶書いてます。

変わりたいと思う気持ちは、自殺だよね。


ネットは本当に、いろんなことが書いてある。

グーグルで検索すれば何か解答を見つけられる。

仕事、人間関係、恋愛、お金のこと。

賢くて、物をまとめることがうまい人たちが、こうしたことについて沢山の興味深い記事を書いている。

書いてあることは、ほとんどがありきたりなものだ。

仕事術、人間関係、恋愛etc

それでも僕はずっとそういう記事が好きだった。

記事を読むたびに、今の自分とかけ離れた存在に少しでも近づけるような気がした。

読んで、うんうんいって納得して。

これを実行すれば俺も認められるんじゃないか、あぁ、きっとそうだ頑張ろうって。

ずっと心を奮い立たせてきた。

ただ、今日なぜか突然、むなしくなった。

そうしたものを読んで、自分は何がしたいんだろうか。

ふとそう思った。

最近はそうした記事を読むたびに、何かの答え合わせをしているような気分になる。

なんでなんだろうね。

ライフハックという、機械じみた行為につかれたのかもしれない。

自分は自分が思っている以上に感情的で、ずっと弱くてみじめだと気付いたからかな。

人間は機械ではない。機械にはなれない。

でも、朝5時起きがどうとか、成功者の習慣だとか、時間管理術だとかなんとか

ようはそういったプログラムを人間に実行させようとしているだけじゃないのかと

心と体の両方が反発するようになってしまった。

習慣は、習性なんだと思う。

習性はその人の、本能のようなものだ。

そしてそれを矯正することは、おそらく無理なのだ。

怠け者は、怠け者。

それでいいじゃないかと思う。

何かを成すことが出来てれば、自分で納得いっていれば。

自分を肯定できる一つがあれば、人はライフハックなんてする必要なくなる。

欠点を抱え込むことは、怖い。

自分が一生このままなのかと、ずっとそうなのかと考えると、不安にも思う。

でも、やれないものはやれないし、向いていないことはどうあっても続けられない。

それよりも、自分が好きなことを認めて育てていく時間を作ろうと思う。

何が好きなのか、とかは、良く分からないけれど。